新人の信心と、師匠の信心は同じか——親鸞聖人・三大諍論②信心同異

新人の信心と、師匠の信心は同じか——親鸞聖人・三大諍論②信心同異 仏教

また、あの男が

三大諍論シリーズ第2回。今回の火種も、また親鸞聖人の一言です。あるとき聖人は、こう言い放ちました。

「私の信心と、法然上人の信心は、一つである(同じである)」

兄弟子たちは色をなしました。当然です。法然上人といえば「智慧第一」と天下に知られた大学者にして大聖人。かたや親鸞は、入門して間もない若い門弟。「学識も修行も月とすっぽんの分際で、師匠と同じとは何という慢心か」——信心同異(しんじんどうい)の諍論の始まりです。

法然上人の裁定

騒ぎは法然上人の耳に届き、直々の裁定が下ります。その内容が、見事でした。

「源空の信心も、善信房(親鸞)の信心も、如来より賜(たまわ)った信心である。ゆえに、まったく一つである。自分の智慧でおこした信心ならば、それぞれ別であろうが」——親鸞聖人の全面勝訴です。

論点は「賜る」の一語に尽きます。もし信心が自分で作るものなら、作り手の腕(学識・人格・修行歴)で品質が変わり、師匠の信心は弟子の信心より上等になるでしょう。しかし他力の信心は、阿弥陀仏からいただくもの。同じ源から出た同じ光です。太陽の光が、学者の庭にも漁師の庭にも同じ明るさで届くように——もらいものに、受け手の格差は乗らないのです。

これは「信仰マウント」への、800年前の判決である

この諍論、現代語に訳すと途端に身近になります。

「私は信仰歴30年、あなたはまだ3年」「私は本堂の掃除を欠かしたことがない」「私のほうが教義に詳しい」——宗教の世界に限らず、趣味でも仕事でも、年数や知識量で「本物度」を序列化するマウントは、あらゆる場所にあります。

法然上人の裁定は、これを根元から切ります。核心が「賜りもの」であるかぎり、古参も新参もない。「生まれではなく行い」の記事でお釈迦様が身分の壁を、後編で法然上人が修行量の壁を超えたと書きましたが、この裁定は第三の壁——「キャリアの壁」を超えています。仏教の平等宣言、ここに完成です。

ただし、勘違いしてはいけないこと

一つ注意を。この話は「学ばなくていい」という意味ではありません。親鸞聖人自身、90歳まで書き続けた猛烈な学びの人です。

整理するとこうなります。信心(いただくもの)に優劣はない。しかし、聞き方・学び・行い(自分の種まき)には、厚い薄いがある。だから聖人は死ぬまで聴聞と執筆をやめなかった。平等は、怠惰の言い訳ではなく、マウントの否定なのです。同じ光をいただいた者同士が、あとは各自の畑を耕す——それだけの話です。

この思想を、親鸞聖人は生涯貫きました。歎異抄に残る有名な言葉——「親鸞は弟子一人ももたず候ふ」。あれほどの門弟に囲まれながら、誰一人「自分の弟子」と呼ばなかった。信心が如来からの賜りものなら、自分は誰かに信心を「与えた」覚えはない、みな同じものをいただいた御同朋(おんどうぼう)——仲間である、と。信心同異の論理を、師弟関係にまで適用しきった徹底ぶりです。

まとめ——「同じ」と言い切れた理由

若い親鸞聖人が師匠と「同じ」と言い切れたのは、傲慢だからではなく、信心の中に自分の手柄が1グラムも入っていないと知っていたからです。自分のものでないものについて、人は謙遜も自慢もできません。

誇るなら、いただいたことへの感謝を。比べるなら、今日の自分の種まきを。——次回、三大諍論の最終回は「救いは、死んでからか、生きているうちか」です。

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