日常を仏教で読む

仏教

「慢」は7種類ある——自惚れも、卑下も、同じ根から生えている

仏教の煩悩「慢」は7種類(七慢)。過慢・増上慢・我慢・卑下慢まで、貫く正体は「自分を他人と測る比較の心」。慢と名誉欲が作る終わりなき戦いの世界=修羅界と、物差しを置く方法(無分別・賜りもの)を解説します。
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進路を止めた大人たちを、恨んでいました——いまは、誰も恨んでいません

中学三年の三者面談で、希望の進路は通りませんでした。原因を全部外に置き、憎しみに追い詰められた時期があります。いまは誰も恨んでいません。足りなかった三つの考えを、仏教の二の矢・他因自果・対機説法で、書き手本人が書きます。
仏教

いまの仕事に使っていない勉強が、雇われた理由でした——会計士を目指していたころの話

会計士を目指していたころの勉強は、いまの仕事には使っていません。ところが入社してから、それが雇われた理由だったと聞きました。残ったのは知識ではなく行いのほうだった、という書き手本人の話を、仏教の業不亡で読みます。
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独学でITを学んだ、と書いてきました——実際は、よくサボっていました

運営者情報に「独学でITを学び」と書いてきましたが、実際はサボることが多かったです。続いた理由は、勉強できる場所を探していたこと。職業訓練校に通っているあいだは続きました。書き手本人の話を、仏教の懈怠・精進で読みます。
仏教

「親の恩」を説くブログが、あえて「親から離れていい」と書く理由

親の恩を説く仏教は、毒親から離れることを否定しません。恩は服従ではなく、恩着せは支配。虐待はあなたの業ではない——自因自果は過去を責める言葉ではなく未来の舵を握る教えです。つかず離れず=中道まで解説します。
仏教

速く動かずに、二〜三人分の仕事をした話——小学六年の「距離・時間・速さ」

時間を短くするには、速さを上げるか、距離を縮めるか。スーパーで働いていたころ、動きは速くせず、物の置き場所と作業の手数を変えて、二〜三人分の仕事をしました。小学校の式と、仏教の精進・中道の話です。
仏教

ホスピス医の教える「人生最後の日」の使い方——死は、比較を消す鏡である

数千人を看取ったホスピス医・小澤竹俊さんの知恵を仏教で分析。死ねば皆同じ=比較を消す最強の平等、役割の肯定=自分の業の棚卸し(業力不滅の保証つき)、トイレに行ける自由=有り難し。死という鏡の賢い使い方。
仏教

すぐ怒る人に、自分から話しかけてみました——スーパーで試した無財の七施

スーパーで働いていたころ、職場でいちばん嫌われていた、すぐ怒る人に、仏教の「無財の七施」を試しました。やったのは、自分から話しかける言辞施と、体を使う身施です。何が起きたのかを、書き手本人が書きます。
仏教

「情けは人のためならず」を、医学が追認した——感謝と利他のサイエンス

人助けで出るオキシトシン=布施の逆説の生理学、挨拶の語源は禅語、仕事の解釈で免疫が変わる=一見四水の医学版、杉原千畝の利他の連鎖と71年後の恩返し=順後業の歴史的実例——感謝と利他を医学と仏教で読み解きます。
仏教

「宗教なんて否定してやる」と思って、数学を持ち出した話——私が仏教を学びはじめたきっかけ

心を病んでいた頃、「宗教なんて否定してやる」と仏教に数学を当てはめたら、逆に証明できてしまいました。書き手本人が、仏教を学びはじめたきっかけと、中学のころの目標「論理的な優しさ」の話を書きます。