仏教

人生は「一休み」である——名前に込めた歌が深すぎる。一休さんの笑い話⑤

「有漏路より無漏路へ帰る一休み 雨降らば降れ風吹かば吹け」——一休の名の由来の歌を仏教で解説。有漏路=煩悩の穢土、人生=浄土へ帰る旅の一休み。宿に執着する旅人の滑稽さと、行き先が定まった者の安心を読み解きます。
仏教

屏風の虎退治——あなたを夜な夜な襲う虎も、絵である。一休さんの笑い話④

一休さんの「屏風の虎退治」を仏教で分析。夜の布団で暴れる不安の虎は、心という屏風に自分で描いた絵。「屏風から追い出してください」は不安への検証の要求=諦観の実践です。今夜から使える550年前のとんち。
仏教

正月に髑髏を掲げて歩いた男——一休さんの笑い話③(笑えない回)

正月の京都を髑髏を掲げて歩いた一休さん。「門松は冥土の旅の一里塚」の歌と、親友・蓮如上人の白骨の章は、同じ無常の説法でした。死の直視は脅しではなく、今日を正しく惜しむための処方箋——シリーズ第3回。
仏教

「このはし渡るべからず」の本当の恐ろしさ——一休さんの笑い話②

一休さんの「このはし渡るべからず」と「水飴は毒」を仏教で分析。人を止めたのは立て札ではなく言葉への執着(指月のたとえ)。和尚の「毒じゃ」は五欲の包装紙。とんちとは執着を笑いで破る刃だった——シリーズ第2回。
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仏教は「祈っても叶わない」と言う宗教——お守りと占いを買わない理由

お釈迦様は占いを禁じ、親鸞聖人は神祇不拝を貫いた——仏教がご利益信仰を否定するのは、因果の外の例外を認めないから。石は祈っても浮かばない。占いの問題は当たらないことではなく、未来の決定権を業以外に譲ること。
仏教

なぜあの人は簡単にできて、自分にはできないのか——宿業と強みの話

なぜあの人は簡単にできて自分にはできないのか。仏教は才能を「神様の授かりもの」ではなく三世因果——輪廻で積んだ宿業の果と説きます。慢も卑下も消え、今日の種まきに意味が戻る、才能の不公平への仏教の答えです。
仏教

森岡毅さんの「強みの見つけ方」を仏教で分析——人は名詞ではなく、動詞である

USJを再建した森岡毅さんのキャリア論を仏教で分析。「無知への罰金」=愚痴への課税、動詞で自分を知る=諸法無我と三業、強み=授かった縁、環境選び=果y=因a×縁x。強みの最終用途は布施であるという補足まで。
仏教

一休さんvs蓮如上人——室町最強の「とんち対決」を実況してみた

禅の風狂僧・一休と浄土真宗の蓮如上人は正反対の教えなのに大親友だった——阿弥陀像を枕にした昼寝事件、「極楽は十万億土」の歌合戦、「こやつの法は天下一なり」。室町最強のとんち対決を実況風に仏教で分析します。
仏教

『あっという間に人は死ぬから』を仏教で分析——死・孤独・責任、三つの直視

佐藤舞さんのベストセラーを仏教で分析。死の直視=無常観と四門出遊、孤独=独生独死独去独来、責任=自因自果、困難な体験から価値観を掘る=四聖諦、やらないことリスト=諸悪莫作。時間術と仏道の入口は同じでした。
仏教

『遺し書き 仲代達矢自伝』を仏教で読む——無料の私塾と、生涯一俳優

俳優・仲代達矢さんの自伝を仏教で分析。東京大空襲の原体験、私財を投じ授業料無料で開いた無名塾=身を削る布施、妻との死別(愛別離苦)と遺言、90代で舞台に立ち続ける精進。自伝シリーズの最終回です。