仏教

ホスピス医の教える「人生最後の日」の使い方——死は、比較を消す鏡である

数千人を看取ったホスピス医・小澤竹俊さんの知恵を仏教で分析。死ねば皆同じ=比較を消す最強の平等、役割の肯定=自分の業の棚卸し(業力不滅の保証つき)、トイレに行ける自由=有り難し。死という鏡の賢い使い方。
日常を仏教で読む

すぐ怒る人に、自分から話しかけてみました——スーパーで試した無財の七施

スーパーで働いていたころ、職場でいちばん嫌われていた、すぐ怒る人に、仏教の「無財の七施」を試しました。やったのは、自分から話しかける言辞施と、体を使う身施です。何が起きたのかを、書き手本人が書きます。
仏教

「情けは人のためならず」を、医学が追認した——感謝と利他のサイエンス

人助けで出るオキシトシン=布施の逆説の生理学、挨拶の語源は禅語、仕事の解釈で免疫が変わる=一見四水の医学版、杉原千畝の利他の連鎖と71年後の恩返し=順後業の歴史的実例——感謝と利他を医学と仏教で読み解きます。
仏教

「宗教なんて否定してやる」と思って、数学を持ち出した話——私が仏教を学びはじめたきっかけ

心を病んでいた頃、「宗教なんて否定してやる」と仏教に数学を当てはめたら、逆に証明できてしまいました。書き手本人が、仏教を学びはじめたきっかけと、中学のころの目標「論理的な優しさ」の話を書きます。
仏教

『バカと無知』を仏教で分析——ダニング=クルーガー効果は、2500年前に「慢」と呼ばれていた

橘玲『バカと無知』を仏教で分析。ダニング=クルーガー効果は仏教の増上慢であり、法句経「愚かと知る者は賢者」はその2500年前の先取り。バカ=他人ではなく無明=全員の病、知能と智慧の違い、脳増強時代の智慧の価値まで。
本を仏教で読む

『無(最高の状態)』を仏教で分析——科学が「止観」を再発明した日

鈴木祐『無(最高の状態)』を仏教で分析。二の矢は箭経のブッダの言葉、停止と観察は瞑想体系「止観」そのもの、自己=ツールの寄せ集めは五蘊の現代語訳。科学が実験で2500年前の設計図に着地した一冊です。
仏教

モヤモヤは、あなたの執着の地図である——「静かな時間」と仏教の内観

心のモヤモヤは執着が触られたセンサー。静かな時間=禅定、感情の言語化5ステップ=四聖諦(苦諦→集諦)の階段、意識の矢印を自分へ=自因自果——現代のリフレクション術を仏教の内観として読み解きます。
仏教

「努力が報われる人の5つの違い」を仏教語に翻訳したら、全部2500年前にあった

実績者に聞く=善知識、失敗を受け入れる=娑婆の仕様、方向性=ベクトルと諦観、真似る=守破離、運=縁——努力が報われる人の5つの違いを仏教語に翻訳。成功法則とは因果の道理の上手な使い方だったという話。
仏教

知の巨人・立花隆の死生観に、仏教から返信する——死を思うことと、死を選ぶことのあいだ

知の巨人・立花隆の死生観(死を悩むのは健全な成長・人間存在は偶然の産物)に仏教から返信。死の直視には全面同意、しかし「悩み抜いた末の選択」には静かに異を唱え、同じ偶然を「有り難し」と読む道を示します。
仏教

救われるのは、死んでからか、生きているうちか——親鸞聖人・三大諍論③体失不体失

往生は臨終の瞬間か、生きているうちに定まるか——親鸞聖人は不体失往生=平生業成を主張しました。死後の保険ではなく今日の安心(摂取不捨・生きても良し死んでも良し)。三大諍論シリーズ最終回です。