仏教

「魚を与えるな、釣り方を教えよ」を仏教で分析——財施と法施、そして与え方の智慧

「魚を与えれば一日、釣り方を教えれば一生」は仏教の財施と法施の構造。ただし与え続けると相手の慳貪(貪り)を育てる危険も——布施の価値は与えた量ではなく相手の中に何が育つかで決まる。与え方の智慧を解説します。
仏教

なぜこのブログは、歯列矯正を仏教で分析しないのか——「なぜ」と「どう」の境界線

仏教で分析できる題材とできない題材の境界線を書きました。分かれ目は「なぜ生きるか(Why)」か「どう生きるか(How)」か。そしてこのブログが使ってきた三つの道具——なぜ/どう、ベクトルの方向/大きさ、一階/二階——が、実は同じ一本の線だったという話です。
仏教

果y=因a×縁x 完全ガイド——このブログの数式の、使い方のすべて

がかごうブログで毎回使う数式「果y=因a×縁x」の完全ガイド。なぜ足し算ではなく掛け算なのか、悩みを因と縁に切り分ける方法、やる気が因ではなく果である理由、他人の成功の正しい見方、そしてこの式が扱えない領域(他力)まで。この一本でブログの全体像がわかります。
仏教

親の恩は、なぜ「数え切れない」のか——仏教が数えてみせた「十の恩」

「親の恩は数え切れない」を仏教は実際に数えてみせた——父母恩重経の十種の恩(懐胎守護・廻乾就湿・嚥苦吐甘・究竟憐愍など)。恩が空気のように見えない理由と、知恩・感恩・報恩の三段階、今日できる報恩まで。
仏教

気持ちは17歳のまま、体だけが老いていく——小野小町と「老苦」の話

老いの苦しみの正体は、若い自己イメージと現実のギャップ。世界三大美女・小野小町は「花の色は移りにけりな」と美貌の無常を歌い残しました。執着の量=苦しみの量、そして老いるほど残高が増える口座の話。
仏教

イチローの名言は、積分である——「とんでもないところ」への唯一の道

「小さいことを積み重ねることが、とんでもないところへ行くただひとつの道」——イチローの名言は精神論ではなく積分(y=a∫xdt)です。同じことの繰り返し=狂気の円運動との違いは何か。円と螺旋を分ける精進の話。
仏教

「シャバの空気はうまい」の本当の意味——娑婆とは、耐え忍ぶ世界のこと

「シャバの空気はうまい」の娑婆は、仏教語で忍土=耐え忍ぶ世界のこと。思い通りにならないのは故障ではなく仕様。縁が深くても心は一つにならない、不完全が当たり前、失敗して当たり前——認識ひとつで心が軽くなる話。
仏教

心をどこにも置くな——沢庵和尚と、たくあんと、「夢」の一字。笑える名僧列伝③

たくあんの名の由来とされる沢庵和尚。紫衣事件で流罪になっても曲げなかった気骨、柳生宗矩に説いた「心をどこにも留めるな」(不動智神妙録)、そして遺言は「夢」の一字——執着の力学を剣の速度で説いた禅僧を読み解きます。
仏教

ゆるすぎる禅画と「死にとうない」——仙厓。笑える名僧列伝②

ゆるすぎる禅画で庶民に教えを届けた博多の仙厓さん。○△□は答えではなく問いを発生させる絵、臨終の「死にとうない、ほんまに」は凡夫を最期まで正直に生きた辞世——対機説法の名人を仏教で読み解きます。
仏教

かくれんぼで朝まで隠れた僧——良寛。笑える名僧列伝①

かくれんぼで朝まで隠れ、泥棒に布団を取らせて「盗人に取り残されし窓の月」と詠んだ良寛。災難の見舞い状「災難に逢う時節には〜」の本当の意味まで、無一物の豊かさを仏教で読み解く新シリーズ第1回です。