我果業(がかごう)とは——このブログの名前に込めた意味

我果業(がかごう)とは——このブログの名前に込めた意味 仏教

「gakagou」って何?

このブログのURLは「gakagou.com」。初めて来た方はきっとこう思ったはずです。

「がかごう?…意味不明でしょ。」

正解です。辞書には載っていません。私が作った造語だからです。今回は、その種明かしをしたいと思います。

我果業と書いて「がかごう」

gakagou は、我果業(がかごう)——三つの漢字を混ぜて作った言葉です。

  • :私自身のこと。因果の道理でいう「因」です。
  • :結果。人生に現れるすべての出来事です。
  • :行い。心の行い(意業)、口の行い(口業)、体の行い(身業)の三業です。

つなげて読むと、こうなります。

「我が果は、我が業より生まれる。」

自分の人生に現れる結果は、すべて自分の行いが種になっている——仏教でいう自因自果、自業自得の教えです。つまりこのブログは、名前そのものが教えになっています。

数式で言うと

このブログでは、因果の道理を数式で表してきました。

果y = 因a × 縁x

因(我)が行い(業)という種をまき、縁が重なって、果が実る。我果業という名前は、この式を三文字に圧縮したものだと思ってください。ブログ名を思い出すたびに、「今日の自分はどんな種をまいたか」と問い直せる——そういう仕掛けです。

どん底で、この名前が生まれた

正直に書きます。この名前は、机の上で思いついたものではありません。人生のどん底で、掴んだ言葉です。

ある時期、私は何も持っていませんでした。仕事がない。お金がない。心を病んで、動けない。会計士を目指して勉強していた時期もありましたが、状態が悪化して、それどころではなくなりました。すべてが止まりました。「人生は苦なり」——この言葉を、知識としてではなく、体で知っている時期でした。

そこから、本当に少しずつでした。まずはリハビリから。次に清掃の仕事。スーパーの店員。どれも、以前の自分なら想像もしなかった場所です。でも、そこで働けたことが、次の一歩になりました。空いた時間にITの勉強を始め、プログラミングに触れ、最初は手入力やローコードから、少しずつできることが増えていきました。やがて転職し、今はフィールドエンジニアや営業をしながら、AIを使ってプログラムも作っています。

この道のりの中で、私を支えてくれたのが仏教でした。

どん底にいるとき、人はつい「なぜ自分だけが」と、原因を外に探します。運が悪い、環境が悪い、あの人が悪い。でもそれは仏教でいう愚痴——他因自果の見方で、そこからは何も変わりません。

逆に、「我が果は、我が業より生まれる」と受け止めたとき、はじめて足元が定まりました。今のこの結果(果)は、過去の自分の行い(業)から来ている。ならば、これから何をまくか(業)で、これからの結果(果)は変えられる。清掃も、スーパーも、勉強も、その「新しい種まき」でした。

絶望の教えではありません。むしろ逆で、「自分の手で人生を変えられる」という、いちばん希望のある教えでした。だから私は、その教えを名前にしました。我果業。這い上がる途中で掴んだ、私の背骨です。

「無我」と知りながら、「我」を名乗る

ここで、もう一つ正直に白状しておきたいことがあります。

仏教には無我という教えがあります。固定された「我」というものは存在しない——このブログでも何度か書いてきました。それどころか、「我がある」という思い込みは四顛倒(してんどう)——凡夫が抱く四つの逆さまの見方(常・楽・我・浄)——の一つ、妄念に数えられています。

つまり仏教的に厳密に言えば、「我」を名前に掲げるのは間違いなのです。私はそれに気づいた上で、あえてこの名前を使っています。

なぜなら、私たちは煩悩具足の凡夫だからです。無我の教えを頭で知っていても、日常はどうしても「我」を出発点にしか生きられません。我が果、我が業と数えるところからしか、始められないのです。

我を名乗りながら、無我を学んでいく。この名前は、自分がまだその途上にいることを忘れないための、戒めでもあります。

このブログの目的

このブログでやっていることは、一貫して一つだけです。

本や動画、ニュース、日常の出来事を、仏教の視点で分析すること。

太宰治の「人間失格」を六道で読んだり、シリコンバレーの投資家の言葉を因果の道理で読み解いたり、野球部や生徒会の思い出を自利利他で振り返ったり。素材は何でもありですが、レンズはいつも仏教です。

「人生は苦なり」——お釈迦様はそう説かれました。苦しみをなくすことはできません。でも、苦しみの仕組みを知ることはできます。仕組みがわかれば、向き合い方が変わります。読んでいただいた方の人生への向き合い方が、少しでも楽になれば。それがこのブログの願いです。

おわりに

意味不明だった「gakagou」が、ここまで読んでくださったあなたには、もう意味のある言葉になっているはずです。

我が果は、我が業より生まれる。

今日も良い種をまいていきましょう。よろしくお願いします。

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