20世紀最高の経営者と呼ばれた男
【自伝を仏教で読む】第八回は、GE(ゼネラル・エレクトリック)を20年率いたジャック・ウェルチの自伝『わが経営』です。在任中にGEの企業価値を数十倍にし、「20世紀最高の経営者」と呼ばれた人。その経営手法は、仏教で読むと「捨てる修行」の物語に見えてきます。
吃音の少年と、母の言葉
ウェルチは労働者階級の家庭に育ち、幼い頃から吃音(どもり)がありました。彼が卑屈にならなかったのは、母の言葉のおかげだと自伝で語っています。「お前は頭の回転が速すぎて、舌が追いつかないだけだよ」——。
同じ事実(吃音)でも、意味づけ一つで劣等感の種にも自信の種にもなる。塞翁が馬の記事で書いた「出来事に意味を与えるのは心」の、美しい実例です。
1位か2位か——真の変数に絞る
CEOになったウェルチの方針は苛烈でした。「世界で1位か2位になれない事業は、直すか、売るか、閉じる」。当時のGEは何百という事業を抱える巨大企業。彼はそれを大胆に整理し、勝てる事業に経営資源を集中させました。
『数値化の鬼』の回で書いた「真の変数を1つに絞れ」を、企業規模でやったのがこれです。そして思い出してほしいのが天上天下唯我独尊——人生の目的を一つに絞る「目的のミニマリスト」の教え。的は、絞ったときにだけ射抜けます。全部を守ろうとする者は、全部を失う。ウェルチは捨てることで、GEを蘇らせました。
「中性子爆弾ジャック」——痛みの側から見る
ただし、この「選択と集中」には大きな影が伴います。大規模な人員削減により、彼は「建物は残して人だけ消す」という意味で中性子爆弾ジャックと呼ばれました。切られた側には、それぞれの人生があります。
ウェルチ自身は「率直さ(candor)」を信条とし、ごまかして延命させる方が残酷だ、と語ります。曖昧にして先送りする優しさは、本当の優しさか。それとも、はっきり告げる冷たさの方が慈悲に近いのか——これは簡単に答えの出ない問いです。ただ、彼の死後、GEが凋落し、彼の経営手法への評価も大きく揺れたことは書き添えておくべきでしょう。諸行無常は、評価さえも固定させてくれません。
ウェルチの信条「candor(率直さ)」についても一言。彼は、体面や気まずさから本当のことを言わない組織の空気を、最大の病と見なしました。仏教の五戒に不妄語——嘘をつかない——がありますが、ウェルチ流に言えば、言うべきことを言わない曖昧さも、嘘の一種です。耳の痛い率直さと、相手を傷つけるだけの毒舌は違います。前者には相手を良くしたい心(慈悲)があり、後者にはない。線引きは、ここでも心の中にあります。
まとめ——捨てる痛みと、抱える痛み
人生も経営も、資源は有限です。何かを選ぶことは、必ず何かを捨てることです。捨てる痛みを引き受けるか、全部抱えて共倒れするか。
ウェルチの自伝は、捨てる側の論理を最も鮮烈に示した一冊です。賛成するにせよ反対するにせよ、自分の人生の「1位か2位になれない事業」——惰性で抱えているものは何か、という問いだけは、誰にとっても無駄になりません。

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