不思議な挨拶
「お元気ですか」「ええ、おかげさまで」。
考えてみると不思議な返事です。相手は何もしていないのに、「あなたのおかげで元気です」と答えている。誰の、何のおかげなのか——今回は、日本語に埋め込まれたこの仏教的な世界観を掘り起こします。
「かげ」=見えないところ
「おかげ(お陰)」の「陰」とは、見えないところという意味です。日なたの反対側。表舞台の裏側。つまり「おかげさまで」とは——「私の目に見えないところにある、無数の支えのはたらきで」という意味なのです。
これは、仏教の縁起の世界観そのものです。すべての存在は、無数の条件(縁)が支え合って成り立っている。ただし、その支えのほとんどは陰にあって、見えない。
今朝のあなたを支えた「陰」を数える
試しに、今朝のあなたの「陰」を数えてみましょう。
蛇口の水——浄水場の夜勤の人、配管を保守する人。通勤の道——深夜に舗装を直した作業員、信号システムを監視する人。コンビニのおにぎり——米農家、運転手、深夜のレジ、その全員の家族。あなたの体——寝ている間も動き続けた心臓、勝手に治り続けている細胞。哲学対話の第8回で書いたとおり、「私一人の力で生きている」は、因果をたどると数分で破綻する主張なのです。
私たちは、見えている支え(給料をくれる会社、世話をしてくれる家族)には礼を言います。でも支えの総量から見れば、見えている部分は氷山の一角。「おかげさま」は、水面下の氷山全体への挨拶なのです。
「さま」をつけた先人のセンス
さらに味わい深いのは、「かげ」に「お」と「さま」をつけたことです。見えない支えを、敬称つきで拝む——目に見えないものは、感謝どころか認識すらされないのが普通なのに、日本語はそれを日常挨拶に組み込みました。
「ありがとう(有り難し)」が確率への感謝だとすれば、「おかげさま」は構造への感謝です。この二つの挨拶を持つ言語は、日常会話が既に仏教の授業になっている——そう考えると、なかなか贅沢な母語です。
陰は、あなたにもある
そして、この話には続きがあります。あなたも誰かの「陰」だ、ということです。
あなたが今日きちんとやった仕事は、あなたの知らない誰かの「当たり前」を、陰から支えています。名前も知られず、礼も言われず——でも三時業の記事で書いたとおり、陰の行いも帳簿には全部記帳されています。正直な仕立て屋の端切れのように、誰も見ていない陰の仕事こそ、業としては一番確かな種まきなのです。
日本語には「情けは人のためならず」という言葉もあります。誰かにかけた情けは、巡り巡って自分に返る——つまり陰の支えの網は、一方通行ではなく循環しているという観察です。おかげさまで生かされ、おかげさまを発生させ、それがまた誰かの「おかげさま」になる。この循環の中では、「誰が誰を支えているか」の線引きが、だんだん無意味になっていきます——無我の入口が、実は挨拶の中にあるのです。
まとめ——挨拶を、本気で言ってみる
今度「おかげさまで」と言うとき、一度だけ、本気で言ってみてください。見えない支えの氷山を、ちらりと思い浮かべながら。
挨拶が、感謝の実習に変わります。そして、あなた自身も今日、誰かの陰になる——お互いさまの陰で、世界は回っています。

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