『本多静六自伝 体験八十五年』を仏教で読む——貯めた男は、最後に全部手放した

『本多静六自伝 体験八十五年』を仏教で読む——貯めた男は、最後に全部手放した 仏教

日本一の蓄財家の、意外な結末

【自伝を仏教で読む】第四回は、本多静六。東大教授でありながら投資で莫大な財産を築き、「日本一の蓄財の達人」と呼ばれた人です。ところがこの人の人生の結末は、蓄財家のイメージを裏切ります。定年を機に、財産のほとんどを匿名で寄付してしまったのです。貯めることの名人が、なぜ手放す名人でもあったのか。仏教で読み解きます。

四分の一天引き貯金——七匹の牛の実践者

本多は埼玉の貧しい農家に生まれ、苦学の末にドイツ留学を経て東大の教授(林学)になりました。有名なのが「四分の一天引き貯金」です。月給が入ったら、使う前にまず4分の1を天引きして貯める。臨時収入は全額貯める。貧乏な助教授時代、家族に麦飯を食べさせてでも、これを守り抜きました。

そして貯めたお金を、専門知識を活かした山林投資や株式に回し、雪だるま式に育てていきます。以前書いた「七匹の太った牛と痩せた牛」——豊作の時に飢饉に備えよ、というタルムードの教えを思い出してください。本多は、给料という「豊作」から毎月ひとすくいを未来へまき続けた、七匹の牛の完璧な実践者でした。まさに果y=因a×縁x。小さな因でも、時間という縁を掛け続ければ、果は巨大になります。

人生即努力、努力即幸福

本多の座右の銘は「人生即努力、努力即幸福」です。努力の先に幸福があるのではなく、努力そのものが幸福だ、という考え方。彼は「職業の道楽化」を説きました。仕事を苦役ではなく道楽になるまで打ち込めば、人生そのものが楽しみになる、と。

これは六度万行の精進の、最も幸福な形です。精進とは歯を食いしばる苦行ではなく、目的に向かう歩みそのものを喜びにすること。1日1ページの執筆を自分に課して370冊以上の本を書いた人の言葉だけに、重みが違います。

本人も認めるとおり、四分の一天引きは最初の数年が一番つらかったそうです。しかし続けるうちに、貯金がある生活の方が当たり前になり、苦痛は消えた。習慣は、忍辱を不要にするのです。耐える段階を越えて仕組みになってしまえば、意志の力はもういらない——これは貯金に限らず、あらゆる種まきに通じるコツです。

そして、全部手放した——匿名の布施

ここからがこの人生の核心です。本多は定年退官を機に、築いた財産のほとんどを教育機関や公共事業に匿名で寄付しました。

思い出してください。布施の三つの心得——三輪空。「私が」「誰に」「何をしたか」を忘れるのが本当の布施です。匿名の寄付とは、「私が」を最初から消した布施。有財餓鬼(持っているのに飢えている人)の正反対です。彼は貯める達人だったのではなく、お金を「使う時」と「手放す時」を知る達人だったのです。

しかも本多は寄付の後も働き続け、85歳まで著述と社会貢献を続けました。財産という「金の鎖」を自分から外した後の方が、彼の人生は軽やかに見えます。有無同然の罠を、出口から抜けた人でした。

まとめ——貯める智慧と、手放す智慧

世の蓄財術は「どう貯めるか」で終わります。本多静六の自伝は、その先——「何のために貯め、いつ手放すか」まで教えてくれます。四分の一天引きは誰でも今日から真似できます。でも本当に真似すべきは、最後の手放し方かもしれません。

貯めるのは種を集めるため、手放すのは種をまくため。今日も良い種をまいていきましょう。

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