2040年、AIが人間を超える?
シンギュラリティ、あるいは2040年問題という言葉をご存知でしょうか。2040年頃には、AIが本格的に人類の知能を超えると言われています。「仕事を奪われるのでは」という不安の声もよく聞きます。
しかし仏教で分析すると、本当の分かれ目は「AIより賢いかどうか」ではありません。
畜生界に落ちるかどうか、です。
畜生界とは——因果関係がわからない世界
このブログで何度か書いてきたとおり、畜生界とは因果関係がわからない世界のことです。
物事の仕組み(因果の道理)を理解して原因を自分に見る人を智慧のある人、仕組みがわからず結果だけ受け取って他人のせいにする人を愚痴の人と言います。愚痴の人は、仕組みを理解していないから、ぼったくり商品や詐欺に引っかかります。
この構図、AI時代にそのまま当てはまります。
AI効果——慣れると「ただの道具」になる
AI効果という言葉があります。AIが何かを達成するたびに、人はそれを「知能」とみなさなくなる、という現象です。電卓も、検索エンジンも、登場時は驚異でしたが、今や誰も「賢い」とは言いません。使えば使うほど、AIはただの道具という認識になっていくのです。
道具だとすれば、問題は道具の性能ではありません。使い手です。包丁が料理人の手で活き、扱いを誤れば怪我をするのと同じです。
身近な例が、カーナビです。ナビに従うだけの運転を何年続けても、道は覚えられません。それどころか、ナビが古い情報で誤案内をしても、疑うことすらできなくなります。便利さと引き換えに「考える機能」を手放すと、道具の間違いごと受け入れるしかなくなる——これがこの記事の主題の、小さな予告編です。
AIで調べてまとめるだけでは、特殊知識にならない
投資家ナヴァル・ラヴィカントは、富の源泉を特殊知識——本物の好奇心の追求から生まれる、誰にも真似できない知識——だと言いました(哲学対話シリーズで書いたとおりです)。
では、AIで調べて、まとめるだけの作業はどうでしょうか。それは誰でもできることです。誰でもできることは、特殊知識の正反対です。
白状すると、私も以前、AIにまとめさせただけの記事を書いたことがあります。あとで読み返して、気づきました。そこに、私は一行もいませんでした。
何の疑いも持たない——それが「AI畜生」
AIの答えを、根拠も仕組みも問わずに鵜呑みにする。間違っていても気づけない。うまくいかなければ「AIのせい」にする(他因自果)。
これは、因果関係がわからないまま結果だけを受け取っている状態——まさに畜生界です。AIが人間を畜生にするのではありません。考えることを明け渡した瞬間に、自分で畜生界に入っていくのです。
AIは最強の「縁」である
果y = 因a × 縁x。この式で言えば、AIは史上最強クラスの縁x(レバレッジ)です。
しかし、因a——何を問うか、どこへ向かうか、答えをどう検証するか——は自分です。問いを立てて検証する人にとって、AIは智慧の増幅器になります。丸投げする人にとって、同じAIが畜生界への入口になります。同じ縁でも、因が違えば果は正反対になる。因果の道理のとおりです。
まとめ
AIに仕事を奪われる、のではありません。AIに「考えること」を明け渡した人から、静かに畜生界へ落ちていくのです。
AIには大いに働いてもらいましょう。ただし、問いを立てるのも、答えを疑うのも、方向を決めるのも、自分。今日も、自分の頭で一つ、問いを立てていきましょう。


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