四苦八苦の中で、一番「あるある」な苦しみ
四苦八苦のうち、後半の生活苦には怨憎会苦(おんぞうえく)という項目があります。意味は——怨み憎む相手と、会わなければならない苦しみ。
2500年前のリストに、これが入っている。「嫌いな人と顔を合わせる辛さ」は、職場もSNSもない時代から、人間の八大苦のレギュラーメンバーだったのです。月曜の朝、あの人の顔を思い浮かべて憂鬱になるあなたは、人類の定番の苦しみのど真ん中にいます。まず、そこに安心してください。
なぜ「必ず」会ってしまうのか
不思議に思いませんか。世界には80億人いるのに、なぜよりによって苦手なあの人と、同じ部署、同じ班、同じ親戚なのか。
仏教の答えは「縁」です。人は縁のある者同士が引き合わされる——好きな相手とも、嫌いな相手とも。多生の縁の記事で書いたとおり、袖振り合う程度でも縁ですから、毎日顔を合わせる相手は、相当に深い縁です。深い縁が、良い縁とは限らない——ここが人生の設計の渋いところで、怨憎会苦という項目は「嫌いな人と会うのは、例外ではなく仕様だ」と告げているのです。娑婆(思い通りにならない世界)の、対人版です。
対処①——期待値を修理する
実践に入ります。まず期待値の式(期待値=その人の良さ×距離)を思い出してください。苦手な人への苦しみの一部は、「本当は分かり合えるはずなのに」という期待の残高から来ています。
そこで、期待値を現実に合わせて修理します。「あの人は、ああいう反応をする人」——これは諦めではなく、観察結果の受け入れ(明らめ)です。晴れの日に傘を恨む人はいません。期待値が現実と一致すれば、同じ言動を浴びても、心の揺れ幅は激減します。
対処②——相手は定数、自分の行動は変数
次に、森岡毅さんの記事で書いた変数と定数の仕分けです。相手の性格は、あなたには変えられません(定数)。変えられるのは、接触の距離・頻度・自分の返し方(変数)だけ。
報告は文面で済ませる、二人きりを避ける、返事は短く丁寧に——変数側の調整は、逃げではなく設計です。そして数値化の技も有効です。嫌なことを言われたら数える。「今月3回目」——感情がデータになった瞬間、相手は「怖い人」から「特定の頻度で発生する現象」に変わります。
対処③——それでも、持ち歩かない
最後が一番大事です。物理的に離れても(異動・転職——それも立派な選択肢です)、心の中の怨憎は、荷物として持ち歩けてしまう。家に帰ってまで脳内で相手と口論している時間——あれは、相手に無料で自分の心を貸し出している状態です。
忍辱の記事で書いた「薪をくべない」が、ここで効きます。思い出しそうになったら、「今、現実にあの人はここにいるか?」(屏風の虎の検証)。いないなら、その怒りは再放送です。切っていい放送です。
最後に、上級編をひとつ。苦手なあの人は、実はあなたの執着の在庫を教えてくれる鏡でもあります。相手の何にイラつくかを観察すると、自分が何を「こうあるべきだ」と握りしめているかが分かる(横柄さにイラつく人は礼儀への、ルーズさにイラつく人は几帳面さへの執着を持っています)。嫌いな人から学ぶ——仏教はこれを逆縁と呼びます。会わされている縁を、観察の縁に変えてしまえば、あの人は無料の教材です。
まとめ——会うことは選べなくても
怨憎会苦は仕様なので、ゼロにはできません。でも、期待値を直し、変数を調整し、薪をくべなければ、「会う苦しみ」を「会うだけ」に減らすことはできます。
会うことは選べなくても、会い方は選べる。娑婆の対人戦は、それで十分、勝ちなのです。

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