77歳の一休は、恋をした——狂雲集と森女。一休さんの笑い話・番外編

77歳の一休は、恋をした——狂雲集と森女。一休さんの笑い話・番外編 仏教

この回は、覚悟して読んでください

完結したはずの一休シリーズ、番外編です。今回扱うのは、とんち話がかわいく見えるほどの、一休の生涯最大の「破戒」——77歳の恋の話です。子ども向けアニメでは絶対に描かれない一休を、しかし避けては、この人を語ったことになりません。

盲目の旅芸人、森女との出会い

一休77歳のとき、住吉の薬師堂で、森女(しんにょ)という盲目の旅芸人の歌に出会います。その歌声に心を撃ち抜かれた老僧は、彼女を伴侶として迎え、88歳で亡くなるまでの約10年間、共に暮らしました。

驚くのはここからです。一休は自らの漢詩集『狂雲集』に、森女への愛を——精神的な愛も、肉体の愛も——一切隠さず、堂々と詠み残しました。僧侶が、実名の詩集で、です。日本仏教史上、ここまで正直な文書はほかにありません。

破戒僧?それとも——

戒律で言えば、完全にアウトです。不邪淫戒どころの話ではない。当時も今も「破戒僧」と斬り捨てる人はいます。

でも、思い出してほしいのです。水飴の回で見た構図を。和尚は水飴(欲)を「毒じゃ」という建前で包みました。欲を隠して聖人の顔をする——一休が生涯かけて斬り続けたのは、まさにこれでした。当時の仏教界には、袈裟の下で欲を満たしながら、表では清僧を演じる者が溢れていた。一休はそれを「盗人に袈裟を着せたようなもの」と罵倒しています。

だから彼は、逆をやったのです。自分の煩悩を、署名入りで公開した。隠れて破るのではなく、袈裟の下に何も隠していないことを晒した。これは開き直りではなく、彼なりの誠実——雑毒の記事で書いた「毒を隠した善」への、命がけの抗議だったと私は読みます。

渇愛か、慈悲か

愛憎一如の記事で、愛には二種類あると書きました。思い通りであってほしい渇愛と、相手の幸せをただ願う慈悲。では77歳の一休の愛は、どちらだったのか。

正直に言えば、両方だったのでしょう。『狂雲集』の詩には、老いの身で人を恋う切なさ(渇愛)が生々しく息づいています。しかし同時に、盲目の旅芸人——当時の社会で最も弱い立場の一人——を最期まで敬い、支え、詩の中で対等な人間として讃え続けた事実も残っています。煩悩と慈悲が、一人の中に同居している。それこそが「煩悩具足の凡夫」の実物であり、一休は自分がその実物であることから、目をそらさなかったのです。

最後に、森女の側から見てみます。盲目の彼女には、一休の袈裟も、大徳寺住持という肩書も、有名人の顔も見えません。彼女が受け取っていたのは、声と、言葉と、扱われ方——つまり行い(業)だけです。肩書が見えない人にこそ深く愛されたという事実は、一休という人の中身の、何よりの証明かもしれません。人を名詞ではなく動詞で見る——それを森女は、最初からやっていたのです。

まとめ——聖人の絵より、正直な人間

一休は臨終に「死にとうない」と漏らしたと伝わる人です。悟りすました聖人像を、自分自身に対してすら許さなかった。とんちで他人の建前を斬った男は、最後まで、自分の建前も斬り続けた——森女への恋は、その集大成だったのかもしれません。

聖人のふりをした凡夫と、凡夫であることを晒した求道者。仏教が「正直」をどれほど重んじるかを知ると、どちらが仏に近いのか、簡単には言えなくなります。合掌。

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