一万円札の人の、痛快な自伝
【自伝を仏教で読む】第二回は、福沢諭吉の『福翁自伝』です。晩年の福沢が語り下ろした回想録で、日本の自伝文学の最高峰と言われますが、何より痛快で笑えるのがこの本のすごさです。
「門閥制度は親の敵(かたき)」
福沢は豊前中津藩(今の大分県中津市)の下級武士の子に生まれました。父は学識がありながら、身分が低いために生涯うだつが上がらず、失意のうちに亡くなります。福沢はのちに書きました。「門閥制度は親の敵でござる」——生まれで人生が決まる仕組みへの、静かで深い怒りです。
ここで注目したいのは、福沢の怒りの向け方です。彼は身分制度を呪って生きること(愚痴=他因自果)を選びませんでした。身分は自分では変えられない定数。ならば、変えられる変数は何か——学問でした。長崎で蘭学を学び、大阪の適塾では枕を使わず机で寝落ちするほど猛勉強して塾頭になります。誰よりも身分に苦しめられた人が、誰よりも「変えられるもの」に集中したのです。
横浜での衝撃——積み上げを捨てる勇気
安政6年、福沢は開港したばかりの横浜を見物に行き、愕然とします。看板の文字が読めない。苦労して習得したオランダ語が、まったく通じない。世界の言葉はすでに英語だったのです。
並の人なら、ここで蘭学に固執するか(執着)、時代を呪うか(愚痴)です。福沢はその足で英語学習に切り替えました。数年の積み上げへの執着より、世の中が変わったという事実(諸行無常)を優先した。ものごとをあきらかに観て、結論から逆算する——諦観のお手本のような転身です。この切り替えの速さが、咸臨丸での渡米、慶應義塾の創立、そして「天は人の上に人を造らず」へつながっていきます。
「天は人の上に人を造らず」と仏性
『学問のすゝめ』のあの一節は、門閥に苦しんだ福沢の人生から出た言葉です。生まれではなく、学ぶか学ばないかが人の違いを作る——つまり因果の道理です。人は生まれ(因の条件)では差がなく、種まき(業)で差がつく。
仏教にも通じる考え方があります。すべての人が等しく仏性を持つという教え。お釈迦様が、身分制度の厳しい古代インドで「生まれではなく行いが人を決める」と説いたことと、福沢の宣言は、2400年を隔てて響き合っています。
福沢の言葉でもう一つ、「一身独立して一国独立す」があります。一人ひとりが誰かに寄りかからず立つことが、国全体が立つことの土台になる、という思想です。これは因果の道理でいう自因自果の、社会への拡張です。自分の人生の原因を自分に引き受ける人(智慧)が増えれば、他人のせい・お上のせいにする空気(愚痴)が消えていく。個人の心の話と国の話が、同じ一本の道理でつながっているのです。
まとめ——愉快に生きた人
『福翁自伝』を読んで一番印象に残るのは、実は苦労話ではなく、全編にあふれるユーモアです。貧乏も、命の危険も、福沢はどこか面白がって語ります。門閥の悔しさを知り抜いた人が、恨みではなく愉快さで人生を語る——日日是好日を地で行く境地です。
変えられないものを嘆かず、変えられるものに集中し、時代が変われば積み上げごと乗り換え、そして愉快に生きる。一万円札の顔は、因果の道理の名人でした。


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