【仏教の視点で読み解く】両学長「人生論シリーズ」の本質とは?

【仏教の視点で読み解く】両学長「人生論シリーズ」の本質とは? 仏教

「原因自分論」は仏教だった——リベラルアーツ大学の人生論を仏教で読む


はじめに

リベラルアーツ大学(リベ大)の両学長のYouTubeチャンネルに、大人気の【人生論】シリーズがあります。お金の話だけでなく、生き方・考え方を丁寧に語る内容で、多くの人に支持されています。

この動画を見て、率直に思いました。

「これ、仏教の教えそのままだ」

今回はリベ大の人生論の核心にある「原因自分論」を、仏教の視点から読み解いてみます。


まず必要な仏教の知識

本題に入る前に、この記事で使う仏教の言葉を整理しておきます。

因果の道理を人生に当てはめると、三つの言葉になります。

自因自果・善因善果・悪因悪果

智慧(自因自果=自業自得)
物事が起きたとき、原因を他人ではなく自分に着地させる考え方です。これを繰り返すことで正のサイクルが生まれます。幸せになる行いです。

愚痴(他因自果)
物事が起きたとき、原因を他人に着地させる考え方です。同じことが起きても同じことを繰り返すため、負のサイクルから抜け出せません。妬み・嫉み・恨みなど、不幸になる行いです。

仏教では「愚痴」を「愚かな知恵の病気」と説きます。現代語の「愚痴をこぼす」という表現はここから来ています。

諦観(たいかん)
「諦かに観る」——結果から原因へ向けて観ることです。数学でいえば逆算です。「諦める」の語源とも言われます。

四聖諦
苦諦(現在の苦しみ・果)→ 集諦(過去の原因・因)→ 道諦(現在の行動・因)→ 滅諦(未来の幸福・果)という因果の流れです。苦しみを取り除き、幸せを与える(抜苦与楽)のが目的です。

自利利他
他人の幸せが、自分の幸せにつながるという考え方です。


「原因自分論」とは何か

リベ大の両学長が語る「原因自分論」を一言で表すとこうなります。

「すべての物事の原因は、自分にある」

会社設立当初、社員のマネジメントがうまくいかなかった。悩んだ末に、社員満足度の高い経営者たちに共通する考え方を調べると、そこには必ず「原因自分論」がありました。これを取り入れたことで、社内のトラブルが激減し、社員満足度も上がっていったそうです。

具体的な考え方の転換はこうです。

「このスピードについてこれない社員が悪い」
「その社員を雇ったのは自分」

「辞めるなんて根性がない」
「根性が必要な環境を作ったのも自分」

感情論で終わらず、課題として認識できるようになる。これが原因自分論の本質です。


原因自分論=仏教の「自因自果」

仏教の言葉で言えば、原因自分論は**「自因自果(智慧)」**そのものです。

数式で表すとこうなります。

y = a∫xdt

自分の行動(因a)に縁(x)が積み重なって、結果(果y)が生まれる。縁xは他人や環境ですが、最初の因aは自分の行動です。ここを変えられるのは自分だけです。

逆に、原因を他人や環境(縁x)に着地させて終わってしまうのが**「他因自果(愚痴)」**です。縁xは変えにくいものです。他人は変えられません。だから同じことが繰り返される——これが負のサイクルです。


誤解してほしくない点

「原因自分論」と聞くと、「自分が悪い」「自分を責めろ」という話に聞こえるかもしれません。でも、そうではありません。

両学長も、仏教も、同じことを言っています。

善悪の話ではなく、認識の話である。

原因を自分に着地させるのは、自分を責めるためではなく、状況を客観的に見るためです。

仏教ではこれを**「諦観」**と呼びます。結果から原因を逆算して、ありありと見る。感情を手放して、現実を冷静に見つめる。そこから初めて、次の行動(因)が変えられます。

変えられるのは、自分と未来だけ。他人は変えられない。


「理不尽」とどう向き合うか

生きていれば、どう考えても自分のせいではない理不尽な出来事があります。

仏教では、これを三世の因果で説明します。現在の自分(果)は、過去世の行い(因)によって生まれている——という考え方です。

これは「理不尽な目に遭うのはすべて自分のせいだ」という自己責任論ではありません。「どんな状況にも因果がある」という視点を持つことで、他人を恨んで負のサイクルに入るのではなく、今の自分の行動(因)を変えることに集中できる、という意味です。

原因自分論の「ただし、自分を責めるためではない」という補足と、仏教の三世の因果は、まったく同じことを言っています。


結果として起きること

両学長は動画の中でこう語っています。

原因自分論を取り入れると、周囲に良い人が増える。笑顔で幸せそうな友人が増える。社員が自発的に動くようになる。取引相手も良くなる。

なぜそうなるのか。

仏教の言葉でいえば**「自利利他」**です。自分の行動(因)が変われば、縁(x)が変わり、結果(y)が変わる。自分が良い因を積めば、良い縁が集まってくる——因果の道理がそのまま現れています。

「原因他人論」の人とは関わりたくない。
→ つまり、「原因自分論」の人には良い縁が集まってくる。

これも因果です。


まとめ

リベ大の言葉 仏教の言葉
原因自分論 自因自果・智慧
原因他人論 他因自果・愚痴
客観的に認識する 諦観
状況を変えていく 四聖諦・道諦
周囲に良い人が集まる 自利利他

リベ大の両学長は、自分自身の経営経験から「原因自分論」に辿り着きました。仏教はその同じ答えを、因果の道理という論理から導いています。

出発点は違っても、辿り着く場所が重なる。それは、因果の道理が「いつでもどこでも成立する」からではないでしょうか。

お金だけでは幸せになれない。考え方も同時に育てていく——これもまた、仏教が2500年説き続けてきたことです


 

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