日本一「ゆるい」絵を描いた禅僧
笑える名僧列伝、第2回は江戸後期の博多、聖福寺の住職・仙厓(せんがい)さんです。
この人の代名詞は、禅画です。それも、荘厳な水墨画ではありません。脱力しきった、ゆるゆるの絵。にこにこ笑う布袋さん、落書きのような犬、まんまるの円——今で言う「ゆるキャラ」の元祖のような筆で、混み入った禅の教えを描きました。ユーモラスな画賛(絵に添える言葉)とセットで、庶民に大人気だったといいます。
なぜ、ゆるく描いたのか
当時も今も、宗教画は「ありがたく、恐れ多く」が普通です。仙厓は真逆をやりました。なぜか。
難しい顔をした教えは、難しい顔のできる人にしか届かないからです。日々の暮らしに追われる庶民に、漢文の経典は届かない。でも、笑ってしまう絵なら、誰の懐にも入る。教えのレベルを下げたのではなく、入口の敷居を下げた——蓮如上人が手紙(御文)で、一休がとんちでやったことを、仙厓は絵でやったのです。相手に合わせて説き方を変える。仏教はこれを対機説法と呼びます。お釈迦様以来の、教えの届け方の王道です。
○△□——宇宙で一番短いお経?
仙厓の絵で最も有名なのが、「○△□(まるさんかくしかく)」。紙に、丸と三角と四角が描いてあるだけの作品です。解説なし。タイトルすら本人は付けていません。
これが何を意味するかは、今も議論が続いています。宇宙の根本要素だという説、修行の段階だという説——。でも私は、「答えを書かなかった」こと自体が答えだと思います。見る人が問いを立て、考え込んだ瞬間、その人の中で禅が始まっている。学問=問いから学ぶ、の絵画版です。答えを与える絵ではなく、問いを発生させる絵。だからこの落書きのような三つの図形は、200年経っても人を立ち止まらせるのです。
仙厓の画賛には「老人六歌仙」という傑作もあります。しわが寄る、ほくろができる、腰は曲がる、頭は禿げる——老いの現実を並べ立てて、笑いに変えてしまう。老苦(四苦の一つ)から目をそらすのではなく、直視して、笑う。一休の髑髏が正月にやったことを、仙厓は絵と笑いで、もっとやわらかくやったのです。
そして臨終——「死にとうない」
仙厓の最期に、有名な伝承があります。臨終の床で、弟子たちが末期の言葉を求めると、高僧は一言。
「死にとうない」
弟子たちは慌てます。悟りの人が、それはないでしょう、と。聞き直す弟子に、仙厓は重ねて言ったと伝わります。「ほんまに、ほんまに」——。
これを「落胆した」と読むのは浅いと私は思います。生涯かけて建前を笑い飛ばしてきた人が、人生最後の一言で聖人を演じたら、それこそ台無しです。死は怖い。生に未練がある。煩悩具足の凡夫であることを、最期の呼吸まで正直に生きた——あの「ゆるい絵」と同じ筆致の、完璧な辞世だったのではないでしょうか。悟りすました嘘より、正直な「死にとうない」のほうが、よほど人を安心させます。凡夫のままでいいのだ、と。
まとめ——ゆるさは、優しさの形
仙厓のゆるさは、手抜きではなく設計です。敷居を下げ、笑わせ、問いを残し、最期まで正直でいる。誰も置き去りにしない教え方の見本です。
このブログが数式やゲームの例えで仏教を書くのも、遠く仙厓さんの後ろ姿を追いかけているつもりです。次回、最終回は「たくあん」の名の由来になった(かもしれない)剣豪好みの禅僧・沢庵さんです。

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