2026-08

仏教

サッチャー『回顧録』を仏教で読む——信念と我執のあいだ

鉄の女サッチャーの回顧録を仏教で分析。嘲笑の中で改革を貫いた忍辱の11年と、晩年に諫言が聞こえなくなり身内の造反で退陣した我執の結末。信念と我執の分かれ目は「聞く耳」にある——盛者必衰の政治史です。
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『裏返しの自伝』(梅棹忠夫)を仏教で読む——「なれなかった自分」も、私である

「なれそうで、なれなかった人生」を語る梅棹忠夫『裏返しの自伝』を仏教で分析。今の自分は縁の分岐の結果=縁起・無我の実感、そして失明後も口述で知的生産を続けた忍辱と精進。世界一変わった自伝の読み解きです。
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『田中清玄自伝』を仏教で読む——母の死と、禅と、生まれ変わった男

武装共産党の委員長から国際的実業家へ——『田中清玄自伝』を仏教で分析。母の諫死という縁、獄中での転向、山本玄峰老師の下での禅修行(作務=掃除)。「人は変われる」という無我の実証としての昭和裏面史です。
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『本多静六自伝 体験八十五年』を仏教で読む——貯めた男は、最後に全部手放した

日本一の蓄財家・本多静六の自伝を仏教で分析。四分の一天引き貯金は「七匹の牛」の実践、人生即努力は精進、そして定年時の匿名の全財産寄付は三輪空の布施でした。貯める智慧と手放す智慧の85年を読み解きます。
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『渋沢栄一自叙伝』を仏教で読む——論語と算盤は、自利利他である

渋沢栄一の自叙伝を仏教で分析。約500社を興しながら財閥を作らなかった理由は「論語と算盤」=自利利他にありました。攘夷志士から幕臣、パリ、実業家へ——縁に柔軟な無我の生き方と、種をまき続けた90年を読み解きます。
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『福翁自伝』を仏教で読む——門閥は定数、学問は変数

福沢諭吉『福翁自伝』を仏教で分析。「門閥制度は親の敵」と言いながら身分を嘆かず学問に集中した智慧、蘭学から英語へ即座に乗り換えた諦観と諸行無常、「天は人の上に人を造らず」と仏性の響き合いを読み解きます。