2026-07

仏教

『フランクリン自伝』を仏教で読む——13の徳と、自分に課した戒律

『フランクリン自伝』の13の徳を仏教で分析。手帳で徳を記録する手法は250年前の「数値化の鬼」であり、自作の戒律(持戒)でした。友人に指摘されて足された「謙譲」と慢の煩悩まで、自伝の古典を読み解きます。
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愛の反対は、憎しみではない——美輪明宏さんの言葉と、仏教の「愛憎一如」

「愛の反対は憎しみではなく無関心」——美輪明宏さんの名言は、仏教の愛憎一如(愛と憎しみは一枚のコインの裏表)と完全に一致します。渇愛と慈悲の違い、縁なき衆生は度し難しまで、愛の構造を仏教で分析します。
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『数値化の鬼』を仏教で分析——y=ax+bと因果の道理は、同じことを言っている

ベストセラー『数値化の鬼』(安藤広大)のy=ax+bは、仏教の因果の道理(果=因×縁)とほぼ同じ式。変数と定数の見極め=智慧と愚痴、数値化=諦観、真の変数1つに絞る=唯我独尊——ビジネス書と仏教の答え合わせです。
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天上界から地獄界へ——『熔ける』井川意高氏の転落を六道で読む

大王製紙元会長・井川意高氏の自伝『熔ける』に描かれた転落を、仏教の六道で分析。天上界(絶頂)→畜生界(因果が見えない)→餓鬼界(奪う)→地獄界(自業苦)という4段階の流れは、リボ払いや課金など身近にも潜んでいます。
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ユダヤの教えを仏教で分析したら、同じ答えだった——タルムード6つの小話【まとめ】

難破船と3人の乗客、金の冠をかぶった雀、魔法のザクロ、七匹の牛、ブドウ畑のキツネ、正直な仕立て屋——タルムードの小話6つを仏教で分析したまとめ。ユダヤの知恵と因果の道理が同じ答えに辿り着く理由とは。
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「正直な仕立て屋」を仏教で分析——誰も見ていない時の、種まき

タルムードの小話「正直な仕立て屋」を仏教で分析。端切れを返した誠実さは持戒(五戒)であり、誰も見ていなくても業が残る「無表業」の教えと完全に重なります。信頼という無形資産が最強の資産防衛である理由。
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「ブドウ畑のキツネ」を仏教で分析——裸で入り、裸で出る人生に、何を残すか

タルムードの小話「ブドウ畑のキツネ」を仏教で分析。断食して入り、太って出られず、また断食して出る——裸で生まれ裸で死ぬ人生の縮図です。それでも柵を通り抜ける唯一のもの「業(行い)」について解説します。
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「七匹の太った牛と痩せた牛」を仏教で分析——豊作の日に、飢饉を見る

ファラオの夢を解いたヨセフの物語を仏教で分析。豊作は続かない=諸行無常、絶頂の慢心=天上界の危うさ、結末から逆算するヨセフの智慧=諦観。好調な時こそ種をまくべき理由を因果の道理で解説します。
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「魔法のザクロ」を仏教で分析——なぜ、全部あげた末っ子が選ばれたのか

タルムードの小話「魔法のザクロ」を仏教で分析。三人とも王女を救ったのに末っ子だけが選ばれたのは、身を削る布施・見返りを求めない心(雑毒のない種まき)だったから。無財の七施まで含めて解説します。
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「金の冠をかぶった雀」を仏教で分析——見栄という名の鎖

タルムードの小話「金の冠をかぶった雀」を仏教で分析。雀が欲しがった冠は名誉欲と慢(自惚れ)の形であり、お釈迦様の言う「金の鎖」そのもの。富を誇示することがなぜ身を滅ぼすのかを、有無同然とつなげて解説します。