本を仏教で読む

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『渋沢栄一自叙伝』を仏教で読む——論語と算盤は、自利利他である

渋沢栄一の自叙伝を仏教で分析。約500社を興しながら財閥を作らなかった理由は「論語と算盤」=自利利他にありました。攘夷志士から幕臣、パリ、実業家へ——縁に柔軟な無我の生き方と、種をまき続けた90年を読み解きます。
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『福翁自伝』を仏教で読む——門閥は定数、学問は変数

福沢諭吉『福翁自伝』を仏教で分析。「門閥制度は親の敵」と言いながら身分を嘆かず学問に集中した智慧、蘭学から英語へ即座に乗り換えた諦観と諸行無常、「天は人の上に人を造らず」と仏性の響き合いを読み解きます。
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『フランクリン自伝』を仏教で読む——13の徳と、自分に課した戒律

『フランクリン自伝』の13の徳を仏教で分析。手帳で徳を記録する手法は250年前の「数値化の鬼」であり、自作の戒律(持戒)でした。友人に指摘されて足された「謙譲」と慢の煩悩まで、自伝の古典を読み解きます。
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『数値化の鬼』を仏教で分析——y=ax+bと因果の道理は、同じことを言っている

ベストセラー『数値化の鬼』(安藤広大)のy=ax+bは、仏教の因果の道理(果=因×縁)とほぼ同じ式。変数と定数の見極め=智慧と愚痴、数値化=諦観、真の変数1つに絞る=唯我独尊——ビジネス書と仏教の答え合わせです。
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ユダヤの教えを仏教で分析したら、同じ答えだった——タルムード6つの小話【まとめ】

難破船と3人の乗客、金の冠をかぶった雀、魔法のザクロ、七匹の牛、ブドウ畑のキツネ、正直な仕立て屋——タルムードの小話6つを仏教で分析したまとめ。ユダヤの知恵と因果の道理が同じ答えに辿り着く理由とは。
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「正直な仕立て屋」を仏教で分析——誰も見ていない時の、種まき

タルムードの小話「正直な仕立て屋」を仏教で分析。端切れを返した誠実さは持戒(五戒)であり、誰も見ていなくても業が残る「無表業」の教えと完全に重なります。信頼という無形資産が最強の資産防衛である理由。
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「ブドウ畑のキツネ」を仏教で分析——裸で入り、裸で出る人生に、何を残すか

タルムードの小話「ブドウ畑のキツネ」を仏教で分析。断食して入り、太って出られず、また断食して出る——裸で生まれ裸で死ぬ人生の縮図です。それでも柵を通り抜ける唯一のもの「業(行い)」について解説します。
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「七匹の太った牛と痩せた牛」を仏教で分析——豊作の日に、飢饉を見る

ファラオの夢を解いたヨセフの物語を仏教で分析。豊作は続かない=諸行無常、絶頂の慢心=天上界の危うさ、結末から逆算するヨセフの智慧=諦観。好調な時こそ種をまくべき理由を因果の道理で解説します。
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「魔法のザクロ」を仏教で分析——なぜ、全部あげた末っ子が選ばれたのか

タルムードの小話「魔法のザクロ」を仏教で分析。三人とも王女を救ったのに末っ子だけが選ばれたのは、身を削る布施・見返りを求めない心(雑毒のない種まき)だったから。無財の七施まで含めて解説します。
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「金の冠をかぶった雀」を仏教で分析——見栄という名の鎖

タルムードの小話「金の冠をかぶった雀」を仏教で分析。雀が欲しがった冠は名誉欲と慢(自惚れ)の形であり、お釈迦様の言う「金の鎖」そのもの。富を誇示することがなぜ身を滅ぼすのかを、有無同然とつなげて解説します。